cotomiの暮らし

編み物と絵、考え事や読書など、好きなものを好きなだけ好きなように紹介します。

赤いポーチとこたつ

クーラーの下でキンキンに冷えた空気に触れていると、ふと冬物のモコモコした毛糸が恋しくなる。

 

これがいわゆる、こたつに入ったままアイスを食べる行為なのだろう。

 

 

そして出来上がったのは、この赤いポーチ。

 

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↑かぎ針と棒針で仕上げました

 

つけてみたら、充分夏でも纏えるものになりました。

 

夏でも冬でも、編み物は最高です。

 

長編みのポーチ

最近は編み針を持ってないと眠れないのかと言うくらい、ずーっと編み物と一緒です。

 

楽しいなぁ、そう感じられることを自分が知っているのは、とても素敵なことなのかもしれません。

 

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↑シックなホワイトで、綺麗めに仕上げました

 

このポーチにも使っていますが、私はハマナカさんのウォッシュコットンにべた惚れしています。

 

編みやすいしカラーも豊富で、しかも洗濯機で丸洗い出来るという優れた毛糸。

 

ウエアにも最適なので、何かキャミでも編みたいなと思います。

 

 

 

 

ズッキーニとトマトのコンソメソテー

思いついて作りました。パパッと作ることが出来るので、レシピ書きます!

 

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◾︎材料

ズッキーニ

トマト

★コンソメ顆粒

★塩

★こしょう

★にんにく

オリーブオイル

 

◾︎作り方

1.ズッキーニは横にスライス、トマトはざく切りにする。

2.オリーブオイルをひいたフライパンでズッキーニを炒める。箸で押して少しフニフニしたら、★を加え軽く混ぜ、トマトを入れて炒める。

3.少し水分飛ばして出来上がり!

 

 

トマト美味しいですよね!

ズッキーニはシンプルな味付けが一番美味しいと思います。

 

 

 

 

久しぶりのドイリー

お茶を飲んでいてふと編みたくなったので、今日は円型のドイリーを編みました。

 

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↑ティーセットがよく似合う

 

ドイリーの意味は敷物ということで、インテリアショップでもたまに見かけます。

円型のものや花形のもの、四角いものまで様々です。

 

ドイリーを編んでいる時は、一周するまで同じ編み方を繰り返すことが主流になっています。

一度編み図を確認したら、あとはステップを踏むだけです。

 

ふと編んでいる時の数え方が、「鎖1・2・3、長1、鎖1・2・3」と、まるでワルツでも踊っているかのような感覚に。

 

ドイリーって見た目も編み方も、オシャレさんですね。

 

 

 

 

 

 

 

バラの絵パート2

ペン画第二弾。やはり花を描くのが一番好きかもしれません。

 

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↑0.03ミリのペンで描きました

またまた縫い物、ティッシュケース

今日はまたまた編み物はお休みして、縫い物をしました。

 

クリネックスのAQUAVeilというティッシュ。風邪の方や花粉症の方は重宝する、柔らかい質感のものです。

 

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↑これです!

 

しかし何がアカンかというと、通常のティッシュより少しサイズが大きいのです。

 

そこでまたまた依頼されました。このティッシュに合ったケース。

 

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↑やっと出来たー

 

実際このティッシュのサイズは縦1㎝違いでした。横幅は同じです。

 

そのため、他のサイズはそのままで、立てサイズのみ1.5㎝追加すれば出来ます。

 

もし良かったら、作ってみて下さい!

 

 

私の始まりの絵

これは2012年に書いたバラの絵です。

この絵がそれ以前の私の絵と違う点は、

自分が本当の意味で好き勝手に絵を描いたもの。気持ち悪いとか病気っぽいと言われても、これが私の絵だと言える。

という点です。

 

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↑この絵を親に見せた時、病気っぽいと言われました。

 

この絵は、一人で暮らすようになってから初めて、自分から描きたいと思ったものです。私はこの絵が好きです。

 

 

これから先、編み物の先生もそうですし、友人や恋人、家族との何かしらの関わりは続いて行きます。

 

自分がこうだと思ったら、それが誰かを傷つけるようなことでないなら、胸を張って自信を持って、自分の意見を伝えます。

 

それは自分が生きている証なんだと思います。

 

この絵は私のかけがえのない、目で見る私の自己主張、そのものなのです。